プレス加工に関する書籍を読んでいると、クランクプレスは理論上無限大の力を発生することができると語られるのに出会います。
たとえば、下記のものがあげられます。
「クランク機構は,機能上(理論上),下死点では無限大の力を発生させることができる.」
—山口文雄、鰐淵淳、小渡邦昭(1993)『基本プレス金型実習テキスト』日刊工業新聞社、p.21「このクランク機構は、理論上では、腕が伸び切った状態(下死点および上死点)で無限大の圧力が発生することになる。」
—小渡邦昭(2015)『プレス加工「なぜなぜ?」原理・原則手ほどき帳』日刊工業新聞社、p.47

ただ、これらの書籍では その無限大の力が出る理屈については解説されていません。
個人的にはこれらの本を読んで、なぜこの点について説明しないのだろう?と疑問でした。
現実的に思考すると、当然ながらその辺にあるクランクプレスが無限大の力を発生させていないことは直感的にわかります。
つまり、無限大の力が発生するのはあくまでも理屈の上だけで、現実にはそんな状況は発生しないわけですが、
だからこそ、どういう理屈で「理屈上は」無限大の力がでることになるのか?という点を説明してほしいなと感じました。
そこで今回のブログでは、
「クランクプレスが下死点で理論上無限大の力を出すと言われる理由」
を、説明したいと思います。
なぜ無限大の力が出るのか?
クランクプレスの構造
さてまずクランクプレスについて簡単に確認しておくと、
クランクプレスは、モーターの回転力をクランク機構によって直線運動に変換し、スライドを上下させる仕組みをもったプレス機です。
クランクプレスの動作イメージについては、以下のサイトに掲載されているアニメーションが非常にわかりやすいので、ご参照ください。
プレス機械の種類(株式会社エヌテック)
上記ページのクランクプレスのところにあるアニメーションをみると、円の回転運動が下部の四角の上下運動に変換されてるのがわかります。
つまりクランクプレスは、
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入力:回転運動(トルク T)
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出力:直線運動(スライドの押す力 F)
という変換を行う機械構造を有した機械であり、この運動変換の中で「どの角度でどれだけ力が伝わるか」が決まります。
エネルギー保存則と、入力と出力の関係
では、クランクプレスが「どの角度でどれだけ力を発揮するか」をもう少し詳しく見ていきます。
機械を理想化して考えた場合(摩擦や変形による損失が無視できる場合)、
エネルギー保存則より、入力した仕事量と出力される仕事量は等しくなるという関係があります。
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クランク軸がわずかに回転したときの入力仕事
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スライドがわずかに動いたときの出力仕事
ここで、
「入力仕事=出力仕事」
が成り立つので、
という関係が得られます。
クランク角度 θ とスライド変位 dx の関係
では、クランクが dθ だけ回転したとき、スライドはどれくらい動くでしょうか。
クランク半径を r とすると、
スライド方向に伝わる成分は「回転の sinθ 成分」だけです。
そのため、
と表すことができます。
入力と出力の関係式を整理する
これを先ほどの式に代入すると、
両辺の dθ は打ち消しあうので、
となります。
この式はモーターから与えられるトルクTと、スライドにかかる力Fの関係式ということになります。
なぜ下死点(θ=0°)で無限大になるのか?
さて、ここまでくれば「無限大」の理由はすぐに見えてきます。
下死点(θ = 0度)では sinθ = 0となりますが、
本質的には「θ が 0 に近づくほど F がどうなるか」を見る必要があります。
クランクプレスの出力荷重は
で表されるため、
となります。
このとき、
なので、分母が極限まで小さくなっていくことがわかります。したがって、
となり、つまり、
θ が 0(つまり下死点)に近づくにつれてスライドにかかる力 F は無限大へと発散する
という性質を持っていることが分かります。
まとめ
現実には、
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枠(フレーム)の変形
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クランク軸・コンロッドの弾性
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圧縮・たわみ
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クリアランス
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摩擦
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安全装置の作動
などにより、無限の力が発揮されることはなく、
メーカーが設計した安全限界内で頭打ちになります。
無限大の力が出てしまったら、無限大の力に耐えられる筐体は存在しないわけでプレス機が壊れてしまいます。
壊れていない以上、無限大の力というのはあくまでも理屈の上だけのものだというのは最初からわかっていましたが、
その無限大の力が出る理屈がどういうものかを改めて確認するのも有意義なことだと思います。
プレス加工のテキストを読んでいた時に、この点について気になった人の参考になれば幸いです。

